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宇都宮地方裁判所 平成2年(行ウ)4号 判決

原告

黒崎重希

黒崎暁美

石川厚子

右原告ら訴訟代理人弁護士

佐藤貞夫

平野浩視

阪口勉

被告

芳賀町下高根沢土地改良区

右代表者理事

戸田茂

右訴訟代理人弁護士

澤田利夫

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  本件換地処分の処分性について

1  昭和三九年六月二日公布同年一二月一日施行の土地改良法の一部を改正する法律(昭和三九年法律第九四号)附則一二項は、右改正法施行前にした一時利用地の指定、その指定の効果、その指定による損失の補償及びその指定による受益者からの金銭の徴収並びにその一時利用地の指定のあった土地改良事業に係る換地計画の作成及び決定、その換地計画に係る換地処分の効果及び清算金並びにその換地計画に係る土地及び建物についての登記については、なお従前の例によると定めている。

2  争いのない事実、〔証拠略〕によれば、本件事業は、昭和三八年から着手され、同年度中に工事が行われた土地に対しては同三九年五月一四日付で一時利用地指定処分が行われ、その後も工事は同四三年度まで続けられて、順次各工事年度(四月から翌年三月まで)について工事に係る土地に対する一時利用地が翌年五月ころまでに毎年指定されたことが認められる。

したがって、本件事業は、前記改正法施行前に一時利用地の指定のあった土地改良事業に該当し、その換地計画の作成、決定、換地処分の効果、清算金等については、従前の旧土地改良法が適用されることとなる。

旧土地改良法においては、事業主体の定めた換地計画を都道府県知事が認可しその旨を公告したときには、換地計画に定められた換地がその公告のあった日の翌日から従前の土地とみなされることになり(同法五四条一項)、現行土地改良法のような各権利者への通知によってする(同法五四条一項)との制度を採用していないのであるから、右換地計画が知事の認可・公告を経ることによって単なる換地計画から各関係権利者に対する換地処分に転化するものと解される。よって、換地計画自体が国民の具体的な権利関係に変動を生じさせるものとして抗告訴訟の対象となる。

また、被告は、原告らが換地計画の内容の違法を主張し、その決定手続の違法を主張するものではないから知事による換地計画の認可の取消しを求めるべきであると主張するが、当該換地計画を定めた事業主体を被告としてその取消しを求めるのがより直接的かつ適切というべきであるから、被告の右主張も採用できない。

二  本件事業に農地以外の土地を含めることの違法性について

1  旧土地改良法の目的は、「農業経営を合理化し、農業生産力を発展させるため、農地の改良、開発、保全及び集団化を行い、食糧その他農産物の生産の維持増進に寄与すること」とされ、そのために行う土地改良事業について、同法に従って行うかんがい排水施設、農業用道路その他農地の保全又は利用上必要な施設の新設、管理廃止又は変更、区画整理、開田又は開畑、埋立又は干拓等を挙げていた。

昭和三九年法律第九四号及び昭和四七年法律第三七号による改正後の土地改良法は、その目的を「農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施するために必要な事項を定めて、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もって農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資すること」と改め、同法の土地改良事業の定義についても、「区画整理(土地の区画形質の変更の事業及び当該事業とこれに付帯して施行することを相当とする次号の農用地の造成の工事又は農用地の改良もしくは保全のため必要な工事の施行とを一体とした事業をいう。)、農用地の造成(農用地以外の土地の農用地への地目変換又は農用地間における地目変換の事業及び当該事業とこれに付帯して施行することを相当とする土地の区画形質の変更の工事その他農用地の改良もしくは保全のため必要な工事の施行とを一体とした事業)」等と改めた上、土地改良事業を施行するにあたって当該事業地域内に介在する農用地以外の土地を施行地域に取り込んで、合理的な事業の推進を図ることができるように非農用地の取扱に関する規定(同法五条七項、八条五項、四八条五項等)が整備された。

右旧土地改良法と昭和三九年及び同四七年改正後の土地改良法の前記各規定を対照すれば、これらの土地改良法の改正をもって、土地改良事業の内容・性質に根本的な変更が加えられたものではなく、基本的に農業生産の向上を図ることを目的とし、そのために行うべき事業の内容やその及ぶ範囲を整理・改善したものと解すべきである。したがって、右各改正後の土地改良法に定められた土地改良事業の対象となる土地は、原則として農用地であるものの、土地改良施設の新設等に関する事業により宅地等の非農用地が利益を受ける場合や宅地等の非農用地を含む地域について区画整理等の土地改良事業を施行することにより当該地域全体の利益が増進されることになる場合も考えられるから、土地改良区が宅地等の非農用地をその地区に編入することも可能と解するのが相当であるが、この趣旨は、旧土地改良法上の土地改良事業についても妥当するものというべきである(最高裁昭和六〇年(行ツ)第一四〇号同六二年七月一六日第一小法廷判決・裁判集民事一五一号四四一頁)。

2  〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件事業の施行地区は、芳賀町の北西部に位置し、東部は同町下高根沢、南部は同町東水沼、西部は宝積寺台地区にある谷津沢地区を含む約七〇二ヘクタールに及び、その地目毎の内訳は田が五四五・八三二ヘクタール、畑が二一・一九七ヘクタール、その他が一三五・〇二八ヘクタールであった。

本件事業の目的は、右施行地区が排水の不良による湿田と区画の形状及び道水路の不備、荒廃等幾多の悪条件のため営農上生産性の低下をきたして農業の発展向上が阻害されている現況にあるため、基幹排水幹線を改良し併せて区画の整理を行い、整理後の排水不良及び湛水被害からの低生産性を改良し、農地の集団化及び農道の改良、新設による労働力の節減を行い、もって農業経営の合理化と農業の近代化を図ることにあった。

事業内容は、区画整理事業、かんがい排水事業、農用地の保全もしくは利用上必要な施設の災害復旧事業、暗渠排水事業であり、その事業計画は、用水計画、排水計画及び区画整理計画から構成され、従来の排水幹線・支線が狭く、蛇行していたために水が溢れて冠水していたのをコンクリートブロック造にして蛇曲を改めるなどの改修を行うことや将来の農業の機械化・能率化を踏まえて三反歩を標準とする区画割や農道幅員の拡張等を主な内容としていた。

(二)  本件従前地については、登記簿上の総地積が三万三〇六一・四一平方メートルであり、その登記簿上の地目毎の内訳は、田が八〇六五平方メートル、畑が三二〇六平方メートル、宅地が六四三六・四一平方メートル、山林が一万五一九六平方メートル、原野が一五八平方メートルであった。

ただ、当時の現実の地目が右登記簿上の地目と合致していたか否か、その詳細は不明であるが、宅地部分には原告黒崎重希が同黒崎暁美や茂美らと居住していた部分も含まれていた。

本件事業が開始された当時、原告黒崎重希は長男として母茂美が行っていた農業を手伝っていたものの、茂美が世帯主となっていたことや本件事業の施行地域内には茂美の単独所有となっていた土地も含まれていたこと、本件従前地の共有者である原告石川(旧姓黒崎)厚子は当時未成年であったこと等のために、被告からの連絡は全て茂美宛に行われ、同人が被告と交渉して原告らの要求等を述べていた。例えば、茂美は、昭和四三年に本件従前地に対する工事が開始されたときに、工事を進めていくにしたがって本件事業開始当時に被告から聞かされていた計画とは異なって道路が川井屋敷の中を通ることになると知って、被告に対し、道路が従前の川井屋敷の中を通ることについては承諾したが、道路の南側に残る土地等の元の敷地と分断される土地については、他の所有地のそばに替え田してもらいたいと希望し、被告もこれを了承し、また、水路が従前の川井屋敷内を南北に通る予定であったが、原告らの希望で東へずらして元の敷地への影響が少ないように変更された。

このようにして、茂美は、本件従前地に対して工事が進められるようになったときには多少の不満はあったものの、公共事業であるからやむを得ないものと考えて納得していたが、昭和四三年六月一日付で一時利用地指定が行われたときに、本件従前地についてまったく実測されないままに本件事業が進められることに疑問を持つようになり、同四五年二月二六日付で陳情書を提出し、その中で川井屋敷地内の従前地の地積が台帳地積と実測地積とで約四反歩の食い違いがあること、被告が従前地を実測すると約束したにもかかわらず、果たされていないことを主張した。

3  右認定の事実によれば、川井屋敷内の農地以外の宅地・山林等についても、本件事業の遂行によって、排水路の整備による溢水の防止や町道の整備等の利益を受けるのであるから、これを本件事業の対象とすることも許されるというべきである。また、昭和四五年ころまでは、茂美が、原告石川厚子についてはそのその親権者として、他の原告についても代理人として被告との交渉にあたっていたことが認められるところ、茂美は、川井屋敷内の宅地・山林等も事業の対象とすることについては被告に対して承諾し、替え田されることを希望していたのであるから、この点について何ら手続上の違法はないと解される。

なお、〔証拠略〕によれば、原告黒崎重希は、穐山庄平、黒崎昭雄と共に、昭和四九年ころから被告に対して、本件事業に宅地等を含めることが違法であると主張し、昭和五〇年一〇月二日に開かれた第一回理事会から数回にわたって本件事業に宅地を含めることの当否について議論し、同五二年二月六日の第一〇回理事会においては本件事業においては宅地を除いて換地処分を行うこととして換地方針を変更する旨決定したこと、被告理事長名で、右原告黒崎重希ら三名に対して、同五一年四月二六日には本件事業において宅地を含めて換地処分を行うために正規の手続を取っていないことを確認する文書を、同年七月六日に詫書と題して本件事業に宅地等を含めたことについて手続上の誤りを発見したことを認める旨の文書をそれぞれ交付したことが認められるが、土地改良事業において換地処分の対象となる土地を限定することは、土地改良事業計画の中で換地計画の基本方針として定めるべきことであるから、これらの事実のみによっては本件事業において宅地等を除外することにはならないのみならず、〔証拠略〕によれば、昭和五二年三月四日に開かれた第四回臨時総代会において、「宅地(屋敷)を含む換地処分計画であったものを、宅地(屋敷)を除外した換地処分計画(但し、工事を施行した部分については地区内とする。)とする」との換地方針変更が決議されたことが認められるところ、本件従前地に対する工事は右総代会の前である昭和四三年までに施行されていて、本件事業の地区から除外されなかったというべきであるから、右換地方針変更によって、工事が施行されていなかった宅地(敷地)については計画から除外され、その結果原告らの従前地に対する扱いとの間に相違が生じたとしても、前記認定のとおり、原告らの代理人であった茂美の同意に基づいて本件事業の地区内とされていた以上、何ら公平の原則違背の問題も生じないと解すべきである。

三  基準地積決定について公簿主義を採用した違憲について

1  〔証拠略〕によれば、昭和三八年七月二七日に開かれた通常総代会において、規約中に換地計画の標準となる従前の土地は当土地改良区設立認可のあった日の土地台帳の地積によるものとすると定めることが議決されたこと、芳賀町下高根沢土地改良区規約は同四二年九月一日から施行され、その第五三条一項は「換地交付の基準とすべき従前の土地各筆の地積及び定款第二四条第三項に規定する土地の地積は昭和三八年七月二七日現在の土地原簿に掲げられた地積によるものとする。」と定めていたことの各事実が認められ、被告の設立許可が同年四月三〇日になされたことは当事者間に争いがない。

なお、被告は、本件事業において、従前の土地の地積について公簿主義を採用することは昭和三七年五月一一日に開かれた申請人会議で決定され、そのことは関係地権者にも説明したから、地権者は公簿地積を訂正する余裕は十分にあったと主張し、証人齋藤隆一は右主張に沿う証言をするが、同証人は、本件事業による工事が開始された同三八年までに二、三回実施された説明会の目的は主に土地改良事業の必要性についての啓蒙にあったとも証言し、〔証拠略〕によれば、茂美は本件従前地に対する工事が始まる前に被告によって実測地積を測量してもらえると考えていたと認められること、本件全証拠をもってしても、申請人会議における従前の土地の地積の基準等換地計画についての具体的な決定内容は明らかでないことからすれば、右証人齋藤隆一の証言のみによっては被告の右主張を認めることができない。

2  換地処分を行う土地改良事業の施行にあたっては、従前地の地積基準を実測地積とするのが合理的であるが、事業施行の範囲が広大であって実測地積を基準とすることが莫大な費用・労力を必要として事業の進捗を遅らせるような場合には、公簿地積を基準とすることも認められるというべきである。

前記二2(一)認定のとおり、本件事業は約七〇二ヘクタールの地域にわたって施行されるもので、〔証拠略〕によれば総筆数も七〇〇五筆に及ぶことが認められるから、各筆を実測することによって事業の実施を著しく渋滞させることは推測するに難くないことであり、公簿主義を採用する必要があったというべきである。

その場合に、土地改良事業における換地については、必ずしも実測地積による方途が開かれていなくとも直ちに憲法二九条に反することとはならず、実測地積と公簿地積との差が著しいために、換地の地積が実測地積より大きく下回るような場合に照応原則に反すると共に同条違反の問題が生じると解するのが相当である。なぜなら、旧土地改良法下の土地改良事業は、「健全な市街地の造成」を達成するための「公共施設の整備改善」をも事業内容とする土地区画整理事業とは異なり、公共施設用地確保のための手続が定められておらず(なお、昭和四七年法律第三七号による改正後の土地改良事業においては、関係権利者の共同資産となる土地改良施設等の設置のために創設換地等の手段により新たな用途に充てることは可能とはなった。)、また、旧土地改良法五三条二項は、従前の土地と換地との照応について、従前の土地の地目、地積、土性、水利、温度等を標準として定めるものとし(昭和三九年法律第九四号による改正後の土地改良法五三条一項二号も換地の地積が従前の土地と比べて二割以上の増減とならないように換地を定めることとした。)、照応の判断において地積が絶対的な基準とされていないのであるから、土地改良事業は、土地収用的な要素が薄いうえ、結果において農産物の生産の維持増進をもたらし、それが農業者の利益をもたらすことの見返りとしてある程度の地積の増減を許容しており、右照応関係が保たれる限り、それは土地所有者に財産上の利益をもたらすことはあっても財産権を侵害することにはならないと解されるからである。

四  本件換地処分の照応原則違反について

1  本件従前地の登記簿上の総地積が三万三九六一・四一平方メートルであり、これに対する本件換地の総地積は三万三七三九平方メートルであることは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告らは、黒崎姜子と共に、本件従前地の一部を含んでいる川井屋敷を昭和三七年三月一日に相続により取得したのであるが、そのうち、当時の芳賀郡芳賀町大字下高根沢字川井二七三一番一(後に同番一、五、八の三筆に分筆され、その登記簿上の地積の合計六四二八平方メートル)を、小筆純男に対して台帳面積で売却し、残った川井屋敷部分の登記簿上の地積は二万五三六一・四三平方メートルとなった。

(二)  茂美は、昭和四五年二月二六日ころ、被告理事長宛に陳情書を提出し、本件従前地のうち川井屋敷部分については、公簿地積と実測地積との間に約四反歩の誤差があること、工事が行われるまでに被告において茂美の希望通り川井屋敷を実測すると約束しながらなされなかったことを主張し、誤差分についても本換地のときには対象とすべきことを要求し、その際、土地家屋測量士関本登志が航空写真に基づいて川井屋敷の地積を算出した図面を添付して提出した。

(三)  昭和五二年ころ、被告事務所において事務員として勤務していたキクチが同様に航空写真に基づく川井屋敷の地積を算出して原告らに交付した。それによれば、川井屋敷の地積は三万五七三七・九五平方メートル(三町六反〇畝一〇歩)となっていた。

(四)  本件換地処分当時、川井屋敷は、二七二八番ないし二七三〇番の各一、二、二七三一番一ないし八、二七三二番一ないし一一、二七三三番一ないし三、二七三四番及び二七三五番の各一、二、五七六六番の三三筆の土地からなっていた(小筆純男に対する売却分も含む。)が、このうち、川井屋敷の南側を横断する形で通る道路の南側部分にあたる二七三一番二、四、六、七、二七三〇番一、二や南北に走る水路によって区切られてしまう二七三四番一等はもと大字下高根沢字堂ノ浦地内の位置にある同字北二四九〇番ないし二四九一番の田に飛び換地されたが、その余の川井屋敷の従前地は、同字川井地内に換地された。これに対して、本件従前地のうち、同字堂ノ浦や観音堂地内の土地は、概ね同宇川井地内に飛び換地されている(賃借権の設定されている同字同ノ前二九五八番二はもと川井屋敷やもと観音堂から離れた場所に換地された。)。

2  原告は、川井屋敷以外の本件従前地についてもいわゆる縄延びがあると主張し、その登記簿上の地積は七六九九・九八平方メートルであるが、実測地積はこれよりも約三一七〇平方メートル多くなると主張する。

〔証拠略〕によれば、原告らは、平成元年七月二八日ころ、見目修一に対して、本件事業施行地域内にある所有地一二筆、登記簿上の地積合計一万〇二一九平方メートルを売却したこと、原告らが依頼した測量士横尾重治が航空写真に基づいて、右見目へ売却した土地と川井屋敷以外の本件従前地を合わせた地積を求めたところ、約二万五二九七平方メートルとなったことが認められる。

しかし、右横尾測量士による求積が航空写真によるものである以上、正確性に疑問があることをひとまずおくとしても、原告らの依頼に基づいて行われたことからすれば、地積を求める対象となった範囲の特定も専ら原告らによるものであって、客観的根拠に基づくものとは認められないから、右求積の結果のみで本件従前地の川井屋敷以外の土地についても縄延びがあると認めることはできず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

3(一)  旧土地改良法五三条一項、二項は、換地は従前の土地に照応するものを定めなければならず、照応していることの判断は、従前の土地の地目、地積、土性、水利、傾斜、温度等を標準とすることを定めており、土地改良事業における換地は、一定の施行地区内の土地について、多数の権利者の利益状況を斟酌して各土地を配置していくものであるから、具体的な処分を行うに当たっては、施行者に合目的的な見地からする裁量権が与えられているというべきであって、したがって、右条項に反するか否かの判断においては、従前の土地についての右各要素を総合的に考慮してもなお、社会通念上不照応であるといわざるを得ないような場合に、裁量判断を誤った違法となると解すべきである(最高裁昭和六三年(行ツ)第一〇四号平成元年一〇月三日第三小法廷判決・裁判集民事一五八号一頁)。

原告は、右照応の判断においては、それぞれの従前の土地とそれに対する換地との間について個別に判断すべきであると主張する。

しかし、土地改良事業は、農業の生産性の向上等農業構造の改善を目的として農用地の集団化等農業生産の基盤の整備を進めるものであるが、憲法二九条に定める財産権の保障の見地から事業推進の過程で関係権利者の財産権を侵害することがないように換地において同等性を保障することが求められているものと解されるところ、換地は、従前の土地一筆に対して必ず一筆の土地を定めることを要するものではなく、同一権利者の従前の土地数筆に対して一筆の土地を定め、あるいは従前の土地一筆に対して数筆を定めることも可能であり、また、前記のとおり、換地を定めるに当たっては施行者に一定の裁量が認められていることからすれば、換地における照応関係は、従前の土地に所有権及び地役権以外の権利又は処分の制限がある場合でない限り、同一所有者に対する従前の土地全体と換地全体とを総合的にみてその間に認められれば足りると解するのが相当である(最高裁昭和六三年(行ツ)第六〇号同年一一月一七日第一小法廷判決・裁判集民事一五五号一三九頁)、原告主張のように、個別に照応関係が認められることを要するとすれば、土地改良事業における換地を著しく困難にし、事業推進において支障を生じることになるのは必定であり、右主張は採用できない。

(二)  そこで、本件換地処分における照応関係を検討する。

(1) まず、地積については、前記1(一)、(三)認定のとおり、原告らが一部を小筆純男に売却する前の川井屋敷について、航空写真に基づく実測地積が約三万五七三七・九五平方メートルであり、登記簿上の地積の合計三万一七八九・四三平方メートルとの間には四〇〇〇平方メートル足らずの差があり(但し、原告はこの中に公水路の地積が含まれている旨自認しており、その地積約九〇二平方メートルを差し引くと、差は約三〇〇〇平方メートルとなる。)、このような差があることは被告においても茂美等からの指摘によって認識していたにもかかわらず、本件換地処分は何らその点について考慮せずに行われたということができる。ただ、原告らと小筆との売買はいわゆる公簿売買で目的土地の実測地積を測量することなく行われたものであるから、川井屋敷全体に縄延びが認められる以上、小筆への売却部分も登記簿上の地積よりも実測地積が広かった可能性は否定できない。そうであるとすれば、小筆への売却分を除いた本件従前地のうち川井屋敷部分の登記簿地積と実測地積との差は右約三〇〇〇平方メートルよりも小さくなる可能性がある。

本件換地は、三万三〇六一・四一平方メートルの従前地に対して、約六七七平方メートルの増加となる三万三七三九平方メートルの換地を定めることとしてなされたのであるが、右の実測地積との差を考慮すれば、二〇〇〇平方メートル前後の減歩があることとなる。

(2) 地目については、前記二2(二)認定のとおり、本件従前地は田畑以外の土地の登記簿上の地積が二万一七八二・一九平方メートルであったのに対して、本件換地のそれは一万三四一五平方メートルとなっており、約八〇〇〇平方メートルの登記簿上宅地や山林となっていた本件従前地が本件換地処分によって田になったのであるが、前記二2(二)記載のとおり、川井屋敷部分については現状が農地でなかった範囲については明確でないから、登記簿上の地目が変わったことがそのまま現実の地目も変わったものとは認めがたく、また、当時原告らの代理人であった茂美が、川井屋敷のうち道路等で区切られる部分については、田に替えて換地するよう被告に依頼していたのであるから、地目の変更については原告らの要望に沿ったものとみることができる、

(3) 土性、水利等については、本件従前地の中で飛び換地がなされているものも、もともと本件従前地があった場所あるいはその周辺に換地されているのであるから、基本的な土地の性質・条件等は本件換地処分によって変更されておらず、区画整理によって方形の土地に換地されたことによって条件は向上したと認められる。

(4) 以上を総合すれば、本件換地処分によって、約二〇〇〇平方メートルの減歩が生じ、農地以外の土地についても田への換地がなされたものの、右減歩は本件従前地全体の地積(登記簿上の総地積に川井屋敷部分の実測との差約三〇〇〇平方メートルを加えた約三六〇〇平方メートル)の六パーセント程度であること、田への換地も原告らの要望に基づくものであること、区画整理が行われたことによって土地の条件は向上していることを考慮すれば、本件従前地と本件換地とは全体として照応しているものというべきである。

五  本件事業における手続上の違法について

1  原告らが旧土地改良法五二条三項に定める換地会議の通知を受けていたこと、本件換地処分に関して換地清算金徴収通知書が原告ら宛に通知されたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告設立の審査における公告が昭和三八年三月一九日になされ、異議申出期限が同年四月二三日までとされていたこと、本件事業においては、総会に代わる最終意思決定機関として総代会が設けられていたこと、平成元年九月二六日付で各関係権利者に換地処分通知がなされていることが認められる。

右の事実によれば、原告ら個人の所有に関する問題である本件換地処分についての通知は適法になされ、本件事業全体に関する問題について決議する総代会に関しては原告らが総代であったと認める証拠がないから、原告らに通知がなかったことは何ら違法ではなく、被告設立に際しても関係権利者の三分の二の同意があれば認可を申請でき(旧土地改良法五条二項、七条一項)、その後の異議の申立(旧土地改良法九条)の機会は与えられていたのであるから、原告ら個人の同意がなかったとしても何ら違法の問題は生じないものと解される。

ただ、〔証拠略〕によれば、原告黒崎重希が換地総会への参加を拒まれたことが認められるが、これによって有効に成立した換地会議が無効になるものではなく、そこで決議された換地計画の効果に影響を及ぼすものでもない。

2  〔証拠略〕によれば、本件事業における一時利用地指定の通知は、指定すべき土地に地番・地積・氏名を記載した竹片を立てることによってなされ、右竹片には一時利用地指定と明記されていなかったことが認められる。

昭和三九年法律第九四号による改正後の土地改良法は、関係権利者に対し「一時利用地の指定は、一時利用地…その使用開始の日を通知してするものとする。」として通知が出されなければ指定処分が成立しないこととしていたのであるが、旧土地改良法五一条三項は、一時利用地指定が行われたことを関係権利者に対して通知すべきことを定めるにとどまり、その方法については土地改良区が相当と認める方法によることで足りると解すべきところ、右指定処分は関係権利者の財産権に強制に変更をもたらす処分であるから文書による通知がより明確な方法であることは否めないものの、右のような現地における竹片による方法であっても、違法とならないと解される。

六  以上によれば、本件換地処分には違法な点はなく、原告らの請求は理由がない。

(裁判長裁判官 高橋一之 裁判官 草深重明 森木田邦裕)

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